2026年7月17日、国土交通省は「適正原価の設定に向けた有識者検討会」の第1回会合を開催しました。
適正原価は、一般貨物自動車運送事業の許可更新制と一体で導入される新たな考え方です。しかし、2026年7月時点では、適正原価の金額や具体的な算出方法はまだ決まっていません。
さらに、第1回検討会では、適正原価の具体的な金額は議論の対象としないことが最初から示されました。
つまり、現時点で「適正原価はいくらになるのか」を予想しても意味はありません。今確認すべきなのは、国が何を適正原価と考え、どのような考え方で組み立てようとしているのかです。
1.適正原価とは何か

適正原価は、2025年6月11日に公布された改正貨物自動車運送事業法で新たに導入された考え方です。国土交通大臣が、通常必要と認められる費用を適切に反映して定め、告示することとされています。
対象となるのは、自ら貨物を運送する場合だけではありません。元請として他のトラック運送事業者へ運送を委託する場合も含まれます。また、貨物利用運送事業者にも同様の考え方が適用されます。
法律では、運賃・料金が継続して適正原価を下回らないようにしなければならないとされています。そして、適正原価を下回る水準で運賃・料金を継続的に収受している場合には、5年ごとの許可更新が認められないことになります。
ここで重要なのは、「継続して」という表現です。
一件の取引だけが原価を下回ったからといって、直ちに法令違反になったり、許可更新が認められなくなったりするものではありません。一方で、赤字の仕事を長期間続けても問題にならないという意味でもありません。
もっとも、何か月続けば「継続」と判断されるのか、どの程度の割合で原価を下回れば問題となるのか、荷主ごとに見るのか、会社全体で判断するのかといった基準は、2026年7月時点ではまだ示されていません。
このように、「継続して原価を下回らないこと」は法律で決まっていますが、「どのように判断するのか」はこれから決められる段階です。
これらの規定は公布から3年以内、遅くとも2028年6月までに施行される予定です。 なお、今回国土交通省が用いているのは「適正運賃」ではなく「適正原価」という用語です。
標準的運賃は相場の目安として示され、これを下回ったからといって直ちに法令違反となるものではありませんでした。
これに対し、適正原価は、事業に通常必要となる費用に適正な利潤を加えた考え方を基礎として国が定めるものであり、運賃・料金が継続してこれを下回らないことが法律上求められます。
つまり、「相場を参考とする考え方」から、「事業に必要な費用と適正な利潤を基礎とする考え方」への転換です。
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2.標準的運賃は廃止される
適正原価の導入に伴い、現在の標準的運賃は廃止されます。この点は、第1回有識者検討会の資料にも明記されています。
標準的運賃は2020年に告示され、2024年に改正されました。
標準的運賃はあくまで「参考となる運賃」であり、その金額で運送しなければならない義務はありませんでした。
これに対し、適正原価は法律に基づく新たな基準です。運送事業者は、運賃・料金が継続して適正原価を下回らないようにしなければならず、その状況は5年ごとの許可更新にも影響します。
つまり、標準的運賃は参考水準でしたが、適正原価は事業を継続するための拠り所になります。名称が変わるだけではなく、その位置付けは大きく異なります。
3.初回の検討会で示されたこと

2026年7月17日に開催された第1回有識者検討会では、トラック運送業を取り巻く現状や、適正原価をどのような考え方で定めるかについて議論が始まりました。
ここで最も注目すべき点は、「適正原価の具体的な金額については議論しないことを想定している」と資料に明記されていることです。
つまり、この検討会は「1kmいくら」「1時間いくら」といった金額を決める場ではありません。
年内を目途に取りまとめられる予定なのは、適正原価の目的や位置付け、原価に何を含めるのか、どのような考え方で算出するのかといった基本的な枠組みです。その後、物流政策推進会議や運輸審議会での議論を経て、国土交通大臣が適正原価を告示する流れになります。
したがって、2026年7月時点で「適正原価はいくらになるのか」といった予想に大きな意味はありません。
現時点で確認すべきなのは、国がどの費用を適正原価に含めようとしているのか、どのような単位で考えようとしているのかという点です。
4.国が示した適正原価の考え方
第1回検討会では、適正原価を構成する基本的な考え方も示されました。
資料では、次のような構成式(案)が示されています。
適正原価 = 運賃原価 + 料金原価 + 委託手数料 + 燃料サーチャージ+実費(有料道路利用料等)
また、それぞれの費用については、単価と数量を積み上げて算出する考え方が示されています。固定費と変動費を整理して積算する点は、これまでの標準的運賃の考え方を引き継いでいます。
この構成式で注目したい点は二つあります。
一つは、委託手数料が最初から構成要素に含まれていることです。これは、元請から下請へ運送を委託する現在の取引実態を前提として、委託に伴う手数料も原価の一部として考える方向性が示されたものです。
もう一つは、料金原価が運賃原価とは別の独立した項目として掲げられていることです。この料金原価こそ、今回の資料で最も注目すべき点であり、次の章で詳しく取り上げます。なお、この構成式は第1回検討会で示された論点整理であり、確定した算出方法ではありません。構成要素や積算方法は、今後の検討で変更される可能性があります。
5.料金原価に注目すべき理由
今回の検討会資料で、私が最も注目したのは「料金原価」が運賃原価とは別の項目として掲げられたことです。
運賃とは貨物を運送することの対価です。一方、料金は、荷待ち、積み込み、荷降ろし、附帯作業など、運送以外の役務に対する対価をいいます。
もっとも、この考え方は今回初めて示されたものではありません。
国土交通省は平成29年(2017年)の標準貨物自動車運送約款改正において、「運賃」と「料金」を明確に区分し、荷待ち時間については「待機時間料」を新設するとともに、積み込み・荷降ろし・附帯業務についても料金として収受する考え方を打ち出しました。荷主に対しても、運送以外の役務が生じた場合には、その対価となる料金を支払う必要があることを周知しています。
しかし、実際の取引では、荷待ちや荷役などの費用が運賃に含まれたままとなり、「荷待ちも荷役も込み」という契約が現在でも少なくありません。
今回示された適正原価の構成式では、この料金が「料金原価」として運賃原価とは独立した要素になっています。
これは、2017年から国土交通省が進めてきた「運賃と料金を区分する」という考え方を、さらに一歩進めるものです。
さらに2025年4月には、運送契約の書面交付義務が始まり、運送の役務とその対価だけでなく、荷待ち・荷役等の対価についても契約書面へ記載することが義務付けられました。また、附帯作業を無償で行わせることについては、取適法(旧下請法)や物流特殊指定でも問題となる場面が増えています。
国土交通省は、2017年に運賃と料金を区分して収受する考え方を明確にし、2025年には契約書面でも運賃と料金の区分を義務付けました。2026年以降は、適正原価においても料金原価を独立した要素として位置付ける方向が示されています。
適正原価は突然始まった新しい考え方ではありません。2017年から一貫して進められてきた「運賃」と「料金」を適切に区分する流れの延長線上にあります。
だからこそ、今から特別な準備を始める必要はありません。

※国土交通省資料より
6.単位の枠組みと残された課題
適正原価をどの単位で定めるかについて、第1回検討会資料では、標準的運賃の区分を比較の土台として示しています。車格別(2トン、4トン、10トン、20トン)、地方運輸局の10ブロック別、距離制・時間制という考え方です。
もっとも、この区分は標準的運賃と同様に、基本的には貸切(チャーター)運送を前提としています。一台の車両を一荷主のために運行するのであれば、距離や時間を基に原価を積算することは比較的容易です。
しかし、実際の運送では、複数の荷主の貨物を積み合わせる特別積合せ貨物運送(いわゆる路線便・混載便)や、帰り荷を確保して一運行全体で採算を確保する運行も数多く行われています。
ところが、第1回検討会資料では、このような特別積合せ貨物運送をどのように扱うのかについては示されていません。ここは現時点で残された課題の一つです。
仮に貸切運送を前提とした原価を、そのまま特別積合せ貨物運送へ当てはめれば、積み合せた荷主ごとに同じ運送原価を重複して収受する考え方につながる可能性があります。一方で、特別積合せ貨物運送を理由に原価を按分するとしても、その按分方法について新たな議論が生じることになります。
適正原価が実務で円滑に運用できるかどうかは、金額そのものよりも、こうした「どの単位で原価を考えるのか」という点を整理できるかにかかっています。

7.運送事業者への影響

適正原価の施行はまだ先ですが、運送事業者が今から取り組めることは明確です。まずは、運送契約の書面交付義務に従って運賃と料金を区分し、荷待ちや荷役などの対価を適切に収受することです。
また、自社の運賃収入や主要な経費を把握し、取引ごとの採算を確認できる状態にしておくことも重要になります。
これらは適正原価のためだけの新たな対応ではなく、現在の法令遵守と経営管理の基本でもあります。
8.荷主・元請運送事業者にも及ぶ適正原価の規律

適正原価の規律は、運送事業者だけに向けられたものではありません。
第1回有識者検討会資料では、荷主や元請運送事業者が適正原価を継続して下回る運賃・料金で運送を委託した場合はもちろん、そのような取引を継続せざるを得ない状況を生じさせた場合についても、法律上の「違反原因行為」に該当し得ることが示されています。
このような違反原因行為が認められた場合には、トラック・物流Gメンによる法令遵守への理解を求める「働きかけ」、改善を求める「要請」、さらに改善されない場合には「勧告・公表」といった是正指導の対象となる可能性があります。
ここで、荷主と運送事業者では、法的な扱いが異なることを押さえておく必要があります。運送事業者が適正原価を継続して下回る運賃・料金で事業を続けた場合、それは法違反となり、監査による行政処分の対象となり、5年ごとの許可更新にも影響します。これに対し、荷主や元請が適正原価を下回る委託を続けても、直ちに法令違反となって行政処分を受けるわけではありません。荷主や元請の行為は違反原因行為と位置付けられ、トラック・物流Gメンによる働きかけ、要請、勧告・公表の対象になります。罰則と許可更新に直接結びつくのは、荷主ではなく運送事業者の側です。この違いは、運送事業者にとって重い意味を持ちます。継続して原価を下回る取引で更新できなくなるのは自社であり、その取引を求めた荷主は直ちに処分されるわけではありません。だからこそ、原価を下回る委託を受け続けるのではなく、その取引の背景にある荷主や元請の行為が違反原因行為に当たり得ること、そして是正指導という仕組みが荷主の側にも向けられていることを、交渉の場で確かめておく必要があります。
また、貨物自動車運送事業法では、荷主には運送事業者が法令を遵守して事業を遂行できるよう配慮することが求められています。適正原価の導入により、荷主や元請においても、運賃・料金の決定方法や契約条件を見直す動きが進むことが見込まれます。
9.適正原価は荷主側も参加して検討されている
適正原価の検討会には、運送業界の関係団体に加え、経団連、日本商工会議所、全国中小企業団体中央会などもオブザーバーとして参加しています。
このように、適正原価の検討は運送業界だけでなく、幅広い関係団体が参加する中で進められています。
10.今後の流れ:適正原価告示から2030年の許可更新開始まで
適正原価の策定と許可更新制の運用に向けた検討は、今後以下のスケジュールで進む見込みです。
まず「適正原価の設定に向けた有識者検討会」において、2026年(令和8年)8月から9月にかけて関係者ヒアリングが行われ、10月の論点整理を経て、年内を目途に提言が取りまとめられます。
その後、内閣官房の物流政策推進会議や運輸審議会への諮問・答申を経て、国土交通大臣が適正原価を「告示」します。改正法に基づき、適正原価の遵守義務および許可更新制の施行は、遅くとも2028年(令和10年)6月までに行われます。
ここで重要なのは、施行後すぐに既存運送事業者の許可更新が始まるわけではないという点です。法律の施行後には2年間の経過措置が置かれるため、既存運送事業者が実際に許可更新申請を求められるのは、早くても2030年(令和12年)以降となります。
全国約6万社ある貨物運送事業者の許可更新手続は、ここからおおむね5年をかけて順次実施され、一巡する計画です。
まとめ

第1回検討会で示されたのは、適正原価の具体的な金額ではなく、算出に向けた基本的な考え方です。適正原価は、運賃原価、料金原価、委託手数料、燃料サーチャージ、実費(有料道路利用料等)を積み上げる案で検討が始まり、これに伴って現在の標準的運賃は廃止されます。
2026年7月時点で、適正原価の金額や算出方法は決まっていません。今の段階で金額を予想したり、原価管理システムを急いで導入したりする必要はありません。
今後見るべきなのは、国が何を原価に含め、どの単位で判定するのかです。特に、荷待ち、積み込み、荷降ろし、附帯作業などの料金原価と、特別積合せ貨物運送をどのように扱うのかが重要になります。
一方で、運賃と料金を区分する考え方は、2017年の運賃・料金の収受ルールの変更以来、一貫して示されてきました。運送事業者と荷主が今行うべきことは、運賃と料金を契約書面で明確に区分し、荷待ちや荷役などの対価を適切に取り決め、収受することです。
現在の義務を確実に履行することが、適正原価への最も確実な備えになります。

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