トラックの適正原価はタクシーの認可運賃でも貸切バスの公示運賃でもない

標準的運賃・旧タリフとの違いと旅客運賃規制との比較(2026年7月時点)

適正原価という言葉は、トラック業界には新しく響きます。しかし、旅客運送では、原価を踏まえて運賃を確認する仕組みが以前から使われてきました。タクシーには認可運賃があり、貸切バスでは、公示された基準額を下回る運賃について原価計算書等を用いた確認が行われます。

これに対し、貨物運送は、運賃が原価を下回らないようにする歯止めを長く失っていました。タクシー、貸切バス、トラックの運賃行政を並べると、適正原価がどこに位置するのかが見えてきます。

1 トラックの運賃はこう変わってきた

かつて、トラックの運賃は認可制でした。運輸省が距離や車格に応じた運賃額の表、いわゆる運賃タリフを認可し、事業者はその運賃を基本として運送を引き受けていました。参入は免許制で、運賃額も行政の認可を受ける時代でした。

これが1990年(平成2年)12月に施行された物流二法で大きく変わります。貨物自動車運送事業法により、参入は免許制から許可制へ、運賃は認可制から事前届出制へ移りました。事業者は自ら運賃を定めて届け出ることになり、行政が個々の運賃額を認可する時代は終わりました。

ただし、運賃の目安が一度に消えたわけではありません。認可制の廃止後も、1990年の旧認可運賃を基準として、原価計算書を添付せずに届け出ることができる運賃の範囲が公示されました。1997年(平成9年)には旧認可運賃の上下10%、1999年(平成11年)には上下20%の範囲が示されました。しかし、この1999年の旧公示運賃が最後となり、国は以後、新たなタリフを示さなくなりました。

私が物流会社の実務に携わっていた当時は、認可運賃が廃止された後であり、新たな基準となる運賃の目安はありませんでした。そのため実際の運賃交渉では、過去のタリフを基準に、その何パーセントという形で運賃を決める運用が広く行われていました。値引きして九割ほどに抑えることもあれば、逆にタリフを上回ることもありました。

特に2013年ごろの宅配大手の運賃見直しや、2017年ごろのネット通販の急拡大を境に、私が関わった取引でも、タリフを超える水準で運賃が決まる場面が増えていきました。国が新しい基準を示さないまま、現場は消えたはずのタリフを、値引きにも値上げにも使う物差しとして使い続けたのです。

こうして、およそ20年、トラックの運賃には国が示す新たな目安がない時代が続きました。過去のタリフや荷主から提示された金額を基準とする取引が多く、実際の原価を積み上げて運賃を決める会社は限られていました。原価と切り離された運賃決定の積み重ねが、その後の運賃低下や担い手不足、2024年問題につながる背景の一つになりました。

空白を埋めたのが、2020年(令和2年)4月に告示された標準的な運賃です。荷主との運賃交渉の参考として、約20年ぶりに国が運賃の目安を示しました。私が行政書士となってからは、この標準的な運賃の公表を機に、運送会社と荷主企業の双方から、運賃交渉や契約についての相談を受けるようになりました。

ただし、標準的な運賃は参考水準であり、これを下回っただけで法令違反になるものではありません。強制力はなく、当初は時限措置として設けられました。

そして2028年6月までに、適正原価に関する規定が施行されます。今回の改正では、標準的な運賃の根拠規定を廃止し、適正原価へ移ることが決まりました。適正原価が告示された後は、一般貨物自動車運送事業者に、自ら収受する運賃・料金と、他の運送事業者へ委託して支払う運賃・料金が、適正原価を下回らないようにする法的義務が課されます。認可運賃の時代から数えて、トラックの運賃行政は三度目の転換を迎えます。

2 貸切バスは基準額を下回ると原価が問われる

旅客運送に目を移すと、まず貸切バスがあります。

貸切バスの運賃は、2014年(平成26年)4月から、公示された運賃額を基準に運用されてきました。高速ツアーバスの重大事故を受け、安全に必要な費用を運賃に反映させるために見直されたものです。当時は、各運輸局が運賃の上限額と下限額を公示し、事業者はその範囲を基本として運賃を届け出ていました。

2023年(令和5年)の見直しでは、上限額の考え方がなくなりました。現在、各運輸局が公示する金額は、届け出た運賃について変更命令の検討を必要とするかどうかを判断するための基準額です。事業者が届け出る運賃の下限額が公示された基準額以上で、標準的な適用方法にも合っていれば、変更命令の検討を必要としません。

一方、公示された基準額を下回ったからといって、直ちに違法となるわけではありません。事業者が独自に運賃を算定して届け出た場合は、原価計算書等の提出を求められ、変更命令を行うかどうかの調査が行われます。その原価が安全な運行に必要な費用を確保していると認められれば、公示された基準額を下回る運賃を設定できる場合があります。

したがって、貸切バスの公示額は、絶対に割ることのできない一律の床ではありません。公示額以上であれば原則として個別の原価確認を受けず、公示額を下回れば原価の裏付けを個別に問われる仕組みです。

3 タクシーは運賃額そのものを認可する

もう一つの旅客運送であるタクシーでは、運賃額そのものが認可の対象になります。

タクシーの運賃は、1951年(昭和26年)の道路運送法以来、認可制です。事業者は運賃を定め、国土交通大臣の認可を受けなければ、その運賃を収受できません。道路運送法は、認可の基準として、能率的な経営の下における適正な原価に適正な利潤を加えたものを超えないことを定めています。営業費用と適正な利潤を積み上げて運賃水準を決める考え方が、総括原価方式です。

実際の運用では、運賃ブロックごとに上限と下限を定めた自動認可運賃があり、その範囲で申請すれば、個別の原価確認を簡略化して認可を受けられます。自動認可運賃の下限を下回る申請も一律に排除されるわけではありませんが、適正な原価と適正な利潤を確保しているかについて個別の確認を受けます。

また、特定地域では公定幅運賃が定められ、その範囲内で運賃を設定しなければなりません。適用される取扱いには地域による違いがありますが、タクシーの基本は、運賃額そのものについて行政の認可を受ける点にあります。

4 なぜトラックだけ規制が緩かったのか

こうして並べると、旅客と貨物の差がはっきりします。

タクシーでは運賃の認可制が続き、貸切バスでも2014年以降、安全に必要な原価を確保できない運賃について、変更命令や原価確認につながる取扱いが置かれてきました。名前や方法は異なりますが、旅客運送には、原価を無視した運賃をそのまま通さないための行政の関与があります。

これに対し、トラックは1990年の規制緩和で運賃の認可をやめ、1999年の旧公示運賃を最後に、新たなタリフも示されなくなりました。

国土交通省と全日本トラック協会が2017年に行った調査では、運賃・料金の決定方法について、取引先が提示した金額を基準とする会社が約40%、過去の運賃・料金水準を参考にする会社が約25%を占め、原価計算を基準とする会社は約25%にとどまっていました。貨物運送では、原価よりも荷主の提示額や過去の相場が、運賃を決める物差しになっていたのです。

その結果、安全、人件費、車両更新などに必要な費用を運賃から十分に確保できない取引が広がりました。適正原価は、旅客運送で行われてきた原価確認の考え方を、貨物運送にも取り入れるものです。

5 適正原価はどの規制に近いのか

適正原価は、タクシーの認可運賃とは違い、貸切バスの運賃規制に近い面があります。しかし、貸切バスとも同じではありません。

まず、タクシーとの違いです。タクシーでは、個々の運賃額について認可を受けます。自動認可運賃の範囲内であっても、範囲外の運賃であっても、最終的には運賃額そのものが認可の対象です。

適正原価には、この考え方はありません。適正原価を上回る運賃・料金は、荷主と運送会社が自由に決めます。国が個々の運賃額を認可することも、上限額を決めることもありません。この点で、適正原価はタクシーの認可運賃とは明確に異なります。

次に、貸切バスとの近さです。上限を設けず、原価を下回る運賃を問題とする点は、2023年以降の貸切バスに近い考え方です。

ただし、貸切バスでは、公示された基準額を下回る運賃を届け出ると、原価計算書等を基に、変更命令を行うかどうかが個別に調査されます。原価の裏付けが認められれば、公示額を下回る運賃を設定できる場合があります。

これに対して適正原価は、個々の運賃を届け出る段階で一件ずつ原価確認を行うものではありません。適正原価を下回る水準で継続的に収受または支払っていないかを見て、運送会社に対する巡回指導、監査、行政処分や許可更新につなげます。一件の原価割れを事前に確認する貸切バスに対し、トラックでは継続的な原価割れを法令遵守の場面で事後に問います。

原価の捉え方にも共通点と違いがあります。適正原価は、燃料費、全産業の平均賃金を踏まえた人件費、減価償却費、安全確保に必要な経費、委託手数料、事業を継続するために必要な投資の原資、公租公課などを反映して算定されます。原価を積み上げて運賃の基準とする点では、タクシーの総括原価方式と共通する面がありますが、同じ算定方法ではありません。

整理すると、タクシーは運賃額そのものを認可します。貸切バスは、公示額を下回る届出について個別に原価を確認します。トラックの適正原価は、個別運賃を事前に認可せず、継続して原価を下回らないことを、法令遵守と許可更新の場面で問います。適正原価は、旅客運送の二つの取扱いと共通する部分を持ちながら、そのどちらとも重ならない貨物運送独自の位置にあります。

ここで、荷主と運送会社の法的な扱いを分けておく必要があります。荷主が適正原価を下回る運賃・料金を支払ったからといって、直ちに貨物自動車運送事業法違反となり、同法上の罰則を受けるわけではありません。運送会社が適正原価を下回る水準で継続して収受せざるを得ない状況を生じさせた場合は、違反原因行為として、トラック・物流Gメンによる働きかけ、要請、勧告・公表の対象になります。

一方、一般貨物自動車運送事業者が、自ら受け取る運賃・料金や、委託先に支払う運賃・料金について適正原価を下回る状態を継続すれば、貨物自動車運送事業法上の問題となり、巡回指導、監査、行政処分、許可更新へとつながります。なお、荷主の行為が取適法、独占禁止法、物流特殊指定など別の法令に抵触するかどうかは、これとは別に判断されます。

6 旧タリフへ戻るわけではない

適正原価の導入は、行政がすべての運賃を一律に定めていた認可運賃の時代へ戻ることではありません。タクシーの認可運賃のように、国が個々の運賃額を確定し、その認可を受けなければ運送できなくなるわけでもありません。運賃・料金は、引き続き荷主と運送会社が決めます。

変わるのは、その運賃・料金が、事業を継続するために必要な原価を下回っていないかが問われる点です。適正原価を下回る取引が継続すれば、運送会社の法令遵守の状況として扱われ、行政処分や許可更新不許可につながります。

私が現場で見た約20年は、タリフという古い物差しに掛け率を乗せる時代でした。運賃が実際の原価を上回っているか、下回っているかは、ほとんど問われませんでした。適正原価は、その物差しを相場から原価へ替えるものです

昔のタリフは、行政が示した運賃額でした。適正原価は、運賃額ではなく、下回らないことを求める原価の基準です。似ているようで、まったく違います。運賃を自由に決める時代は続きます。ただし、運送会社が原価を割る取引を継続することは、法令遵守と許可更新の両面から問われます。

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