台風が接近しても、トラックは止まりません。誰かが「行け」と命じているわけではないのに、なぜ運行は続けられてしまうのでしょうか。
1 誰も「走れ」と命じていないのに、なぜ運行が続くのか
台風が接近しても、多くの物流現場ではトラックが走り続けています。
物流現場では、予定どおりトラックが出発することが少なくありません。
こうした場面では、「荷主が運送会社に無理な輸送を強要している」と考えられがちです。しかし、実際の現場はそれほど単純ではありません。
元請運送事業者も「危険でも走ってほしい」と指示しているわけではありません。荷主が「何が何でも運んでほしい」と要求しているわけでもありません。
それでも、元請運送事業者の現場では、「お客様が困るよな」と荷主の意向を過度に忖度しながらも、納期の調整を申し出ることもなく、「行け」とも「やめろ」とも言わないまま出発時間を迎え、そのまま荷物を積み込んで運行してしまうことがあります。
元請運送事業者は荷主との取引関係を考えれば輸送中止を申し出にくく、下請運送事業者へ協力を依頼せざるを得ない場面があります。下請運送事業者も、継続的な取引への影響を考えれば、その依頼を簡単に断ることはできません。
その結果、誰も「走れ」と命じているわけではないにもかかわらず、輸送だけが予定どおり行われてしまいます。
2 国土交通省が「輸送中止の目安」を示した理由
こうした状況を受け、国土交通省は令和2年(2020年)2月28日、「台風等による異常気象時下における輸送の目安」を定めました。

この通達は、台風等の異常気象時に、トラック運送事業者が輸送の安全を確保することが困難な状況であっても輸送の継続を求められ、トラックの横転や水没事故が発生していたことを背景として策定されたものです。気象庁が公表する雨量や風速などを基に、輸送を継続するか、中止を検討するかを判断するための目安が示されています。
3 この基準は行政処分の基準ではありません
国土交通省が示した輸送の目安は、これに従わなかったことだけを理由に直ちに行政処分が行われるものではありません。
一方で、異常気象時に輸送の安全を確保するための措置を適切に講じないまま運行し、その結果、安全確保義務違反が認められた場合には、行政処分の対象となることがあります。
そのため重要なのは、「輸送を中止したかどうか」という結果だけではありません。異常気象時の気象情報や道路状況などを踏まえ、どのような情報を基に輸送の可否を判断し、安全確保のためにどのような措置を講じたのか、判断の過程を説明できる状態にしておくことも重要になります。
4 荷主企業も無関係ではありません
異常気象時の輸送について、「運送会社が判断することだから荷主には関係ない」と考える企業もあるかもしれません。しかし、貨物自動車運送事業法では、荷主も輸送の安全に配慮することが求められています。
1章で触れたように、現場では誰かが明確に「行け」と指示しているわけではなく、納期変更の相談を受けても明確な判断が示されないまま出発時間を迎えてしまうことがあります。このような対応は、結果として運送事業者が輸送を継続せざるを得ない状況を生じさせることがあります。
納期の変更を認めない、運送事業者から輸送中止や納期変更の相談を受けても予定どおりの納品を前提として対応するといった行為は、結果として安全な輸送を妨げる要因となるおそれがあります。
令和元年の貨物自動車運送事業法の改正では、このような荷主の行為によって運送事業者の安全確保義務違反が生じるおそれがある場合には、国土交通大臣が荷主に対して勧告を行うことができる荷主勧告制度が整備されました。
荷主勧告制度については、こちらの記事で詳しく解説しています。
5 台風シーズン前に荷主企業が決めておくべきこと
異常気象時の輸送判断は、その日の担当者だけに任せる問題ではありません。台風が接近してから判断基準を考えていては、現場は「予定どおり運ぶべきか、それとも中止すべきか」の判断に迷い、結局これまでどおり輸送を継続してしまうことがあります。
そのため、荷主企業では平常時から、どのような場合に輸送を中止又は延期するのか、その判断を誰が行うのかをあらかじめ決めておくことが重要です。また、運送事業者から輸送中止や納期変更の申し出があった場合に、担当者個人の判断に委ねるのではなく、どの部署が承認するのかという社内ルールも整理しておく必要があります。
あわせて、運送委託契約書や運送委託仕様書に、異常気象時の取扱いや連絡方法、納期変更時の対応などを明確にしておけば、現場の判断を担当者個人に委ねることなく、会社として対応しやすくなります。
自社では、異常気象時の輸送判断が担当者個人の判断に委ねられたままになっていないでしょうか。運送事業者から輸送中止や納期変更の申し出があった場合の判断ルートや対応方針は、契約書や社内ルールとして整理できているでしょうか。
当法人では、現状を確認したい場合には物流下請法リスク診断を、契約書・運送委託仕様書・社内の判断ルートまで含めて見直したい場合には物流ガバナンス設計プロジェクトで対応しています。
同志社大学卒業後、パナソニックの物流部門および物流子会社にて物流法務と契約管理に携わり、物流業界での経験は30年以上。荷主企業と物流会社の双方の実務を通じ、物流部門単独では解決できない課題の所在を把握。
独立後は「荷主責任」を切り口としたコンプライアンス実務の専門家として、社内ルールの制定や委託仕様書の作成、社内研修を通じ、荷主企業のリスク低減を支援。








